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千葉地方裁判所 平成2年(ヨ)438号 決定 1991年3月12日

債権者 小林次男

右訴訟代理人弁護士 高橋守雄

同 柳川昭二

債務者 石渡新一

右訴訟代理人弁護士 江川勝

債務者 株式会社 本郷建設

右代表者代表取締役 本郷光雄

右訴訟代理人弁護士 濱勝之

同 小林俊行

主文

一  債権者の申請をいずれも却下する。

理由

一  申請の趣旨

債務者らは、千葉県佐原市北三丁目一三番二四畑一〇八平方メートル、同番二五畑二五六平方メートル及び同番二六畑九六平方メートルに建築中の鉄骨コンクリート造四階建建物(通称アリーナ1)につき、別紙物件目録及び図面(1)赤斜線部分の建築工事を本案判決の確定まで中止し、これを続行してはならない。

二  本件の事実関係

1  債権者は、千葉県佐原市佐原北三丁目一三番九宅地一五〇・八五平方メートル、同番一〇宅地四三六・二五平方メートル、同番一一宅地二二二・〇〇平方メートル及び同番二三雑種地四四四平方メートル(以下、土地の町名は省略し、単に地番で表示する。)を所有し、一三番九及び同番一〇地上に木造二階建建物を、同番一一上に鉄骨造三階建建物(未登記)を所有し、これらの建物で「日新外科胃腸科医院」を開業している。一三番二三の土地には、その一部にプレハブ造平家建車庫があるが、その余は更地である。

2  債務者石渡新一(以下「債務者石渡」という。)は、一三番二四畑一〇八平方メートル、同番二五畑二五六平方メートル及び同番二六畑九六平方メートルを所有し、右各土地上に、債務者本郷建設に請け負わせて、鉄骨コンクリート四階建共同住宅(建築面積二五七・三一平方メートル、床面積合計七六五・一五平方メートル。通称「アリーナ1」。以下、「本件建物」という。)を建築中である。

3  債権者の各土地建物と本件建物の位置関係は、別紙図面(2)のとおりである。

4  本件建物の敷地及び債権者所有の各土地の用途地域は、いずれも住居地域である。

三  申請の原因及び債権者の主張

1  債権者は、近い将来、前記木造二階建建物を取り壊し、二1の各建物の東側及び南東側の別紙図面(3)に記載の位置に床面積合計八五三・〇三平方メートルの二階建医院用建物(以下「計画建物」という。)を増築して、医院を拡張する計画である。

2  (日影被害)

本件建物が完成すると、債権者の計画建物中の東側の病室及び個室は、冬至において、午前八時から午後一時までの間に、本件建物により多大の日影被害を被る。

すなわち、計画建物の開口部である別紙図面(3)記載のbからfまでの各点における有効時間帯(午前八時から午後四時まで)中の本件建物による日影時間は、地盤面〇メートルで、最小四時間一〇分、最大四時間五〇分、地盤面から四メートルの高さで最小三〇分、最大四時間四〇分となる。なお、右各点では、計画建物の設計上、午後一時以降は日照が得られないから、計画建物の病室は、極めて不健康なものとなる。

3  (採光、通風等の被害)

本件建物及び計画建物の位置・構造によると、計画建物には採光、通風の被害が生じ、本件建物による圧迫感及び観望による被害が生ずる。

4(地域性)

付近一帯は、大部分が二、三階建の建物から成り、一部に四階建の建物もあるが、右四階建の建物においては、建物の所在位置と周囲の道路状況から、日照問題を生じていない。

5  (結果回避の努力)

本件建物は、建蔽率を限度一杯にとり、近隣の事情、とりわけ債権者の増築計画を考慮していない。

6(計画建物の公共性)

債権者の計画建物は、多数の患者のための医院に使用するものであるから、公共性があり、日照の確保のために特段の配慮をすべきである。

7  以上を総合すると、本件建物の建築によって債権者が被る損害は、受忍限度を超えている。これに対し、本件建物中、申請の趣旨記載の部分について建築しないものとすると、計画建物の日照被害は著しく減少する。

四  当裁判所の判断

1  本件資料によれば、次の事実が疎明される。

(1)  債権者は、近い将来、二1の木造二階建建物を取り壊し、一三番一一上の未登記鉄骨造三階建建物の東側及び南東側に、これと接続して二階建の計画建物を増築して、その経営する医院を拡大する計画をもっている。

(2)  右計画建物は、現在プレハブ造平家建車庫があるほかは更地である一三番二三の土地のほか同番一〇及び一一の土地の一部を敷地として利用する計画であり、計画建物の敷地に対する配置及び本件建物との位置関係は、別紙図面(3)のとおりである。

債権者の計画によれば、病室は、廊下をはさんで南東側(開口部も南東)及び北西側に分かれ、計画建物の長辺が北東から南西に向かう配置にあるため、日照は、南東側病室では主として午前に、北西側病室では午後のみに得られるべきものとなる。

(3)  本件建物の計画高は一三メートル六一であるから、建築基準法五六条の二による冬至を基準とした日影規制を受けるが、それによると、平均地盤面からの高さ四メートルにおいて敷地境界線からの水平距離一〇メートル以内の範囲で日影時間は四時間、一〇メートルを超える範囲における日影時間は二・五時間を超えてはならないものであるところ、本件建物が完成した場合に一三番九、同番一〇、同番一一及び同番二三の土地に及ぼす日影の状況は、平均地盤面からの高さ四メートルにおいて別紙図面(4)のとおりである。

これによると、本件建物は、建築基準法五六条の二の日影規制に反していない。

(4)  本件建物により債権者の計画建物の南東側開口部に生ずる日影は、平均地盤面からの高さ四メートルにおいて別紙図面(3)のa点では日影を生ぜず、b点では午前一一時一五分から同四五分までの三〇分間、c点では午前九時五分から午後〇時四五分までの三時間四〇分間、d点では午前八時五分から午後〇時四五分までの四時間四〇分間、e点では午前八時から午後〇時三五分までの四時間三五分間、f点では午前八時から午後〇時一〇分までの四時間一〇分間、g点では午前八時から同一〇時四〇分までの二時間四〇分間となる。

これに対して、債権者が求めるように、本件建物中敷地境界線に最も近い部分を一階建てとした場合には、平均地盤面からの高さ四メートルにおける日影時間は、a点では日影を生ぜず、b点では三五分間、c点では二時間二五分間、d点では三時間一〇分間、e点では二時間五五分間、f点では二時間四〇分間、g点では一時間一五分間と大幅に減少する。

(5)  佐原市には未だ中高層の建物が少なく、本件建物の近くに存在する四階建以上の建物としては、住居地域でカープマンション(柳町歯科、一部四階建)、水戸証券ビル(四階建)、木村医院(三階建だが、屋上のパラペットの壁により四階建相当の影を落としている。)、商業地域で宇井整形外科(一部四階建)があるが、木村医院及び宇井整形外科は北東側で広い道路に接しているので、道路の向こう側の土地に及ぼす日影被害は僅かであり(木村医院の道路を隔てた反対側の土地は駐車場となっている。)、カープマンション及び水戸証券ビルも北西側で道路に接し、北東側隣地には同様の高さのビルが連なっているので、日照被害の問題を免れている。

また、本件建物の周辺には、低層の建物が多く、それらの建物の日照は比較的よく確保されている。

2  右にみたところによれば、計画建物の東側に病室を配置した場合、冬至において、その位置によっては、本件建物のために午前中日照のない部屋が生じ、午後一時以降はもともと日照が得られないため、終日近く日照が得られない部屋が生じうることとなる。

そして、計画建物の周辺において、四階建以上の建物はごく限られた数が存在するに過ぎず、それらの建物が北側隣地に及ぼす日照の影響は本件建物が計画建物に及ぼすべき日照被害と比較すると僅かである現状を考慮すると、営利を目的とする債務者石渡の本件建物により債権者が被る右のような影響は、その程度において著しいと考えられなくもない。

しかしながら、債権者の計画建物は、未だ計画段階にあるに過ぎないから、病室に対する日照を極力確保しようとするのなら、建築計画をそれに沿ったものにして実現を図ることが不可能ではない。

例えば、その建築位置については、現存する一三番一一上の鉄骨造三階建建物と接続して一体利用を図る必要性を前提としても、別紙図面(3)記載の位置だけではなく、一三番九、同番一〇及び同番二三の三筆の土地全体を敷地として利用するなら、南側に開口部を有する部屋を多く設けることが可能となるし、三階建として二階以上に病室を多く設ける場合にも、日照の確保は一層容易となると考えられる。

このように、債権者に生ずべき日照被害の損害は不可避のものではないし、債権者が主張する採光、通風の被害についても同様であり、圧迫感及び観望の被害については受忍する他はないと考えられるから、債権者らの本件建物の建築工事の一部禁止を求める債権者の本件申請は、これを認容することができない。

(裁判官 稲守孝夫)

<以下省略>

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